新庄資料写真と解説(2)
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新庄市・本合海。 梅雨の切れ間となった元禄2年(1689年)6月3日(新暦7月19日)、芭蕉一行は新庄に歌仙と「三つ物」の置土産をし、本合海に向けて旅立った。城下から本合海までの旅のルートは、現在の国道47号線とほぼ同じ道筋と見られており、随行日記に、その間の距離が「一リ半」とある。写真は、芭蕉が乗船した河岸。この先の高台の上に「芭蕉広場」がある。 |
| 新庄市・本合海。 上の写真に見える石碑は、地元の街づくり団体「本合海エコロジー」建立の「本合海の渡し」碑で碑文内容は次の通り。 本合海は水陸の要衝であるため、川船の港のほか、対岸に越す渡し場もあった。「本合海の渡し」という。この道をたどる旅人も少なくなかったようで、江戸時代前期の「新庄領内絵図」には、新庄から続いて、畑・蔵岡を経て古口に至る道路が描かれ、一里塚の印が点々と記されている。(以下略) |
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芭蕉広場の全景。 |
| 芭蕉と曽良の像。 |
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芭蕉広場。 広場の向って左側には、川石を並べた中に、芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」の句碑や「史跡俳聖松尾芭蕉翁乗船之地」を刻む石柱、由緒の碑が配置されている。 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第23集 芭蕉と大石田
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