
| 俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡 「芭蕉と尾花沢」 |
| サ|サ つましゃれ つましゃれ |
つんだ花から恋が出る | 花の六月ナ それ来た咲いたよ |
サ|サ つましゃれ つましゃれ |
つんで楽しむ花の唄 | 咲いた花より ナ 見る花よりもよ |
サ|サ つましゃれ つましゃれ |
イラカ刺すのもなんのその | 紅花つむのもナ そもじとならばよ |
サ|サ つましゃれ つましゃれ |
唄に浮かれてとぶ雲雀 | 夜明け前だよ ナ 紅花つみのよ |
サ|サ つましゃれ つましゃれ |
それで山形花だらけ | 千歳山からナ 紅花の種まいたよ |
伝承者/ 加藤桃菊 |
伝承地 / 山形市 |
山形民謡 紅花摘み唄 |
紅花と紅花餅について 本ページに掲載している紅花の写真は、アニメーション映画「おもひでぽろぽろ」の舞台となった山形市高瀬地区の紅花畑で、芭蕉が山寺街道を旅した7月13日(旧暦で5月27日)に撮影したもの。当地では、今も3.4ヘクタールの畑で紅花の栽培が行われ、紅花は、鑑賞用の生花として出荷されているほか、花だけを摘み取って加工し染料や口紅の原料として出荷されている。また、栽培地の一部は観光用になっているので、気軽に畑に近づいて紅花を鑑賞することができる。 紅花を産した村山地方
山寺芭蕉記念館所蔵の「紅花屏風」 現在、紅花を描いた屏風が村山地方に2双残っている。1つは現在、山形美術館に所蔵されている「紅花屏風」で、もう1つは、ここで取り上げている山寺芭蕉記念館所蔵の山形県指定有形文化財「紅花屏風」である。本屏風は、山形県東根市六田生まれの青山永耕が文久年間((1861〜1864)に描いたものとされ、永耕は、上山藩の画師丸野晴耕に学んだのち、出府して狩野永真に師事。後に、名を狩野永耕応信と改めた。 |
| 右半双の図 (各画像をクリックして拡大できます) |
| 左半双の図 (各画像をクリックして拡大できます) |
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山形県指定有形文化財
山寺芭蕉記念館所蔵
「紅花屏風」展示室
松尾芭蕉・おくのほそ道文学館
「紅花摘み歌」の歌詞の出典
本ページに掲載している「紅花摘み唄」の歌詞は、
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「山形県の民謡-民謡研究調査報告書」(山形県教育委員会)から
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引用したものです。
[資料提供] 山形県河北町役場 商工観光課
掲載している画像について
「紅花屏風」の画像は、山寺芭蕉記念館が所有するポジフィルムを
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もとにして、LAP Edc. SOFTがホームページ用に作成したものです。
画像は、財団法人山形市文化振興事業団の許可を得て掲載しています。
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【掲載許可番号】 財山文事 平成14年度-第36号
掲載している画像の無断使用・転載を禁止します。
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第22集 芭蕉と尾花沢
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