おくのほそ道  「瑞巌寺」の段の訳文
現代語訳: LAP Edc. SOFT

瑞巌寺・庫裡
  

十一日、瑞岩寺に詣。当寺三十二世の昔、真壁の平四郎出家して入唐、帰朝の後開山す。
十一日(実際は九日)、瑞岩寺に参詣した。この寺の三十二代目にあたる昔、真壁平四郎という人が出家して唐(実際は宋)に渡り、帰国後、再興して禅寺を開いた。

其後に雲居禅師の徳化(とっか)に依て、七堂甍改りて、金壁荘厳(しょうごん)光を輝、仏土成就の大伽藍とはなれりける。
その後、雲居禅師の、徳によって人を善に導く努力により、七つの堂の建物が立派に改築され、金色の壁や仏前の飾りが光り輝き、仏の住む世界をこの世に実現する(極楽浄土の)大寺院となったのである。

彼見仏聖の寺はいづくにやとしたはる。
(西行が、能登の洞窟でめぐり会い、その後、松島に尋ねたという)かの見仏上人の寺はどこにあるのだろうと、慕(した)わしい心持ちになった。

 
雄島と瑞巌寺の順番を入れ替えたのなぜか?

曽良の随行日記に、「九日 快晴。辰ノ尅、鹽竈明神ヲ拝。帰テ出船。千賀ノ浦・籬島・都島等所々見テ、午ノ尅松島ニ着船。茶ナド呑テ瑞岩寺詣、不残見物。(中略)ソレヨリ雄島(所ニハ御島ト書)所ゝヲ見ル(とミ山モ見ユル)」とあることから、実際には、松島湾→瑞巌寺→雄島の順に旅したことが分かるが、「おくのほそ道」では雄島の磯と瑞巌寺の章段を入れ替えて松島湾→雄島の磯→瑞巌寺の順に書かれている。そうした背景には、自然の造形美と幽玄美に酔い痴れた松島湾・雄島の磯の章段と金壁荘厳光を輝かす瑞巌寺の章段を区切って対立させ、前者を最大限に引き立たせるねらいがあったと見られる。

  

 
  
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第2集 芭 蕉 と 松 島
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