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| 山寺の章段 |
| 【出典】 俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡 第1集「芭蕉と山寺」 [文学館目録] |
| おくのほそ道 | 現代語訳 |
| 山 寺 | |
| 山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。梺の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て物の音きこえず。岸をめぐり岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。 閑さや岩にしみ入蝉の声 |
山形藩の領内に立石寺という山寺がある。慈覚大師が開かれた寺であり、とりわけ清らかで静かなところである。「一度見ておいた方が良い」と人々に勧められ、尾花沢から引き返すように出かけたが、その間七里ほどであった。着いた時は、日はまだ暮れていなかった。ふもとの宿坊に宿を借りておいて、山上の堂に登った。岩に岩を重ねたような山姿を呈し、松や杉、ひのきは老木となり、古くなった土や石は滑らかに苔むし、岩の上に建つ多くのお堂の扉は閉じられており、物音ひとつ聞こえない。崖のふちをめぐり、岩を這うようにして仏閣を参拝したが、すばらしい景観は静寂の中でさらに映え、ただただ心が澄み渡っていくようであった。 なんと静かに思えることよ。その鳴き声しか聞こえず、かえって静けさがつのるように感じられる蝉の声は、まるで岩々にしみこんでいるかのようだ。 |
| 曽良随行日記 (山寺) | |
| 元禄2年(1689年)5月27日(新暦7月13日)〜5月28日(新暦7月14日) | |
| 原 文 | 現代語 |
| 〇廿七日 天気能。辰ノ中尅、尾花沢ヲ立テ立石寺ヘ趣。清風ヨリ馬ニテ舘岡(楯岡)迄被送ル。尾花沢。二リ、元飯田(本飯田)。一リ、舘岡(楯岡)。一リ、六田。馬次間ニ、内藏ニ逢。二リよ、天童(山形ヘ三リ半)。一リ半ニ近シ。山寺。未ノ下尅ニ着。宿預リ坊。其日、山上・山下巡礼終ル。是ヨリ山形ヘ三リ。山形ヘ趣カン(ト)シテ止ム。是ヨリ仙台ヘ趣路有。関東道、九十里余。 一 廿八日 馬借テ天童ニ趣。六田ニテ、又内藏ニ逢。立寄ば持賞ス。未ノ中尅、大石田一英宅ニ着。両日共ニ危シテ雨不降。上飯田(本飯田)ヨリ壱リ半、川水出合、其夜、労ニ依テ無俳、休ス。 |
〇廿七日 天気よし。午前8時頃、尾花沢を立って立石寺へ趣く。清風差し向けの馬にて楯岡(村山市内)迄送られる。尾花沢。二里、元飯田(本飯田。村山市内)。一里、楯岡。一里、六田。馬継間に、内藏に逢う。二里余り、天童(山形へ三里半)。一里半に近し。山寺。午後2時半頃に着く。宿は「預リ坊」。その日の内に、山上、山下の巡礼を終える。是より山形へ三里。山形ヘ趣こうとしたが止める。是より仙台ヘ趣く路有り。関東道、九十里余り。 一 廿八日 馬借りて天童に趣く。六田にて、又内藏に逢う。立寄ってもてなしを受ける。午後2時頃、大石田・一英宅に着く。両日共に降りそうで降らず。上飯田(本飯田)より壱里半ばかりのところで川水(大石田の大庄屋)に出合う。その夜、疲労により俳諧なく、休息する。 |
| ◇一里:約4km ◇一丁(町):約109m ◇一間:約1.8m | |
本文・曽良随行日記の現代語訳および句の解釈
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曽良随行日記は「俳聖
松尾芭蕉・みちのくの足跡」のシリーズ「芭蕉について」からそのまま
転記しています。
ただし、章段によっては、滞在日に合わせて元のテキストを分割して掲載しているのもあります。
俳聖
松尾芭蕉・みちのくの足跡
第1集 芭蕉と山寺
底本について
「おくのほそ道」の本文は、素龍清書の「西村本」を底本としています。
句読点や章段ごとの見出しは「俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡」
の中で任意に付したものであり、
「おくのほそ道」の本文に存在するものではありません。
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