白河資料写真と解説(9)
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| 追分の明神。 旗宿の南の県境(栃木県側)に建つ追分の明神。芭蕉は須賀川の等躬から、この明神が古代の白河の関明神かもしれないとに聞かされた。 白河ノ古関ノ跡、籏ノ宿ノ一里程下野ノ方、追分ト云所ニ関ノ明神有由。相楽乍憚ノ伝也。 (曽良随行日記) |
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追分の明神。 古くは、福島県と栃木県の両側に建てられていたといわれるが、今あるのは栃木県側だけ。「境の明神」、「(住吉)玉津島神社」、「関東宮」の別称がある。 ○石柱を見る |
| 義経伝説を記した説明板。 神社の前を走る県道は、源義経が、治承4年(1180年)4月に旗揚げした源頼朝に参陣するため鎌倉に急いだ道で、かつては義経街道とも呼ばれた。 ○源義経物語 ○佐藤一族と義経について |
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栃木と福島の県境。 追分の明神前から福島県側を見る。神社前は今切通しとなっているがかつては明神峠を越えて福島県側に入った。ここから2kmほど福島県側に行ったところに白河の関跡や関の森公園がある。 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第4集 芭 蕉 と 白 河
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