白河資料写真と解説(5)
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宗祇戻し。 「宗祇戻し」は、関山街道と石川街道の分岐点にある。 宗祇(1421〜1502)は、室町末期の連歌師で当時連歌の中心的指導者だった。号は自然斎・種玉庵。宗祇の墓は、静岡県裾野市桃園の定輪寺境内にある。 |
| 宗祇戻しの碑と逸話。 宗祇は白河に立ち寄ったときに綿を背負った婦人に出会った。婦人に綿は売りものかとからかい半分で尋ねると、そうでないことを歌(阿武隈の川瀬にすめる鮎にこそうるかといへるわたはありけれ)で答えた。その歌の巧みさに、宗祇は舌をまいて旅の途中で京に戻ってしまったという。 曽良随行日記には、これとは別の逸話が記されている。 |
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芭蕉句碑。 早苗にも我色黒き日数哉 芭蕉の白河藩士何云宛書簡の中で「白河愚句、色黒きといふ句」として取り上げられた句。 白河の風雅聞もらしたり。いと残多かりければ、須か川の旅店より申つかはし侍る 関守の宿を水鶏にとはふもの はせを。 又、白河愚句、色黒きといふ句、乍単より申参候よし、かく申直し候 西か東か先早苗にも風の音 (俳諧書留) |
| 芭蕉句碑。 関守の宿を水鶏(くいな)にとはふもの 白河市内の聯芳寺(れんぽうじ)境内に建てられている句碑で、この句は白河で会うことができなかった俳友の何云宛書簡(上)に書かれている。 「古関の在りかを、白河の風雅の関守であるあなたが知っているなら、白河を通ったとき、あなたの家を、戸を叩くように鳴く水鶏(くいな)に尋ねてお訪ねしましたのに」という心残りをこめた挨拶の吟。 |
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芭蕉句碑。 西か東か先早苗にも風の音 俳友の何云宛書簡(上)に書かれた句。 白河の関が東にあるのか西にあるのかといった戸惑いの気持ちが込められた句で、句碑は、平成元年8月に青雲社が「おくのほそ道」紀行300年を記念して関跡の北詰付近に建てたもの。 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第4集 芭 蕉 と 白 河
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