仙台資料写真と解説(1)
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広瀬川に架かる大橋。 仙台駅から約1.7km西に大橋があり、これを過ぎて350mほど西へ(写真では右へ)進むと、左手に仙台城の正門・大手門跡に復元された隅櫓が見えてくる。 大橋を過ぎて100mほど行った左には三の丸の外堀・長沼が残っている。三の丸の跡地には現在仙台市博物館が建てられており、数多くの仙台藩に関する資料が収蔵されている。 |
大手門跡に建つ隅櫓。 仙台城は、初代藩主伊達政宗により築城され、慶長7年(1602年)に一応の完成を見た後、慶長15年に本丸大広間が完成した。 政宗の死後、寛永15年には二代藩主忠宗が青葉山の山麓部に二ノ丸の建築を開始している。 復元された隅櫓の脇に大手門が建っていたが、昭和20年(1945年)の空襲で焼失した。 ○別角度から |
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石垣と隅櫓。 大橋を越えたあたりの広瀬川の川沿いには、片倉小十郎などの重臣の屋敷があり、現在東北大学記念講堂になっている二の丸跡の北、川内の辺りには上級家臣の屋敷が建ち並んでいた。 今仙台城跡に見られる石垣は四代藩主綱村以降のもので石を全面加工して積み上げる「切石積み(整層積み)」の技法による。政宗築城期の石垣には、自然の石を積み上げる「野面(のづら)積み」の技法が採られた。復元された白石城にこの技法が見られる。 |
| 竜の口渓谷。 南側は竜の口渓谷が絶壁を作って盤石な守りを固め、広瀬川は外堀を成し、東には70mほどの断崖を見せる。敵の攻撃を完全に遮断した仙台城は要害と呼ぶにふさわしい山城の姿を呈した。 竜の口渓谷に架かる八木山橋をやや下った辺りから谷底を眺めると、狭い渓谷の底に細く水の流れが見えた。 ○崖に築かれた石垣を見る |
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伊達政宗の騎馬像。 騎馬像は宮城県柴田町出身の彫刻家小室達(とおる 1899-1953)が制作したもので、小室は白石の甲冑堂(田村神社)に祭られている佐藤継信、忠信の妻の木像を制作したことでも知られている。 現在石垣の修復工事が行われており、景観維持のために像のまわりに伊達家家紋「竹に雀」を描いた囲いが築かれている。 |
| 伊達政宗の騎馬像。 昭和10年(1935年)に騎馬像が作られたが、太平洋戦争時の金属徴用で一時姿を消す。その後、鋳型が柴田町で見つかり昭和37年(1962年)10月に復元された。 ○他の騎馬像写真1 2 3 ○仙台市博物館の胸像1 2 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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第12集 芭 蕉 と 仙 台
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