| 芭蕉について |
この先にあるのだ。「壷の碑」は、むかしから幻の碑、謎の碑として伝承され、歌僧寂蓮も「みちのおくつぼのいしぶみありときくいずれかこひのさかひなるらん」(夫木和歌抄)と詠んで、この不明の碑に心を寄せている。 |
「おくのほそ道」と多賀城/曽良随行日記 |
| 「おくのほそ道」と多賀城 | |
| 元禄2年(1689年)5月8日(新暦6月24日) | |
| 曽良随行日記<原文> | 現代語 |
| 一 八日 朝之内小雨ス。巳ノ尅ヨリ晴ル。仙台ヲ立。十符菅・壺碑ヲ見ル。未ノ尅、塩釜ニ着、湯漬など喰。末ノ松山・興井・野田玉川・おもはくの橋・浮島等ヲ見廻リ帰。出初ニ塩釜ノかま(お釜神社の写真)を見ル。宿、治兵ヘ、法蓮寺門前。加衛門状添。銭湯有ニ入。 |
一 八日 朝の内小雨降る。午前10時頃より晴れ。仙台を立つ。十符菅と壺碑を見る。午後2時頃、塩釜に着き、湯漬け飯など食す。末の松山、沖の井、野田の玉川、おもわくの橋、浮島等を見物して帰る。見物の前に鹽竈のかまを見る。治兵衛宅に宿す、法蓮寺の門前。加衛門の紹介状あり。銭湯有り、入る。 |
![]()
俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第13集 芭 蕉 と 多 賀 城
スタートページ
Copyright(C) 2000-2004
LAP Edc. SOFT. All Rights Reserved.
Maintained online by webmaster@bashouan.com