塩釜資料写真と解説(2)
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| 鹽竈神社の境内。 鹽竈神社は、古代からの歴史を今に伝えながら、悠然と一森山に佇んでいる。境内には、室町初期に植えられた600年以上の齢を刻む杉の木のほか、四季桜、紅枝垂れ桜、ろう梅など、由緒ある木々が数多く見られる。 |
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唐門(四足門)。 唐門は、現在参拝者の各種申込みの受付所となっているが、江戸のころは、仙台藩の藩主が参拝している間に共侍が控える所として使用された。この門をくぐったところに左宮・右宮があり、右手に別宮がある。 |
| 社殿 別宮。 神社でのいっさいの儀式が、安産や海上安全などの神として知られる鹽土老翁神の別宮を中心に行われることから、参拝も別宮からと言われる。社殿などの造営のため、四代藩主綱村が元禄8年(1695年)に着工してから、次の吉村が宝永元年(1704年)に竣工するまで、9年の歳月を要している。 ○別宮の拝殿 |
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社殿 左宮・右宮。 右側が左宮、左側が右宮の社殿。昔は、現在別宮に祭られている鹽土老翁神(しおつちのおじのかみ)が正面(唐門の真向かい)に置かれていたが、仙台藩になってからは、蝦夷征伐で「武」の神として祭られていた武甕槌神と経津主神を守護神としたため、この二神を正面に置いた。 ○左宮・右宮の拝殿 |
| 文治の燈篭。 拝殿脇に、江戸末期、近在の俳人が詠んだ句を刻む40本の石柱に囲まれて鉄製の燈篭が建っている。これは、奥州藤原三代秀衡の三男泉三郎(泉の三郎。和泉三郎)が文治3年(1187年)7月に寄進したもので「文治の燈篭」といわれる。燈篭にかねの扉がついており、「三日月」の形に刳(く)り貫いた右の扉に「奉寄進」とあり、「日」の形に貫かれた左の扉に「文治三年七月十日和泉三郎忠衡敬白」の文字が見られる。 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第14集 芭 蕉 と 塩 釜
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