塩釜資料写真と解説(1)
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鹽竈神社の表参道。 鹽竈神社は、塩釜市の北西部の一森山に鎮座し、古来より東北を鎮護する「陸奥国一の宮」として崇敬を集めている。境内の広さは28ヘクタールに及び、室町初期に植えられた樹齢600年の杉の木など、かなりの本数の針葉樹、広葉樹が見られる。 ○参道の中央から |
| 鹽竈神社の石鳥居。 この鳥居は寛文3年(1663年)に亀千代(仙台藩四代藩主伊達綱村の幼名)によって寄進されたもので、鳥居額の「奥州国一宮」の字は、姫路藩主酒井忠以の書によるもの。 写真の右の柱に「鹽竈宮大明神奉創建石華表一基」、左の柱に「寛文三年癸卯七月七日 松平亀千代」の文字が刻まれている。 ○別角度から |
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最下段から見た表坂。 表参道にあたる表坂は男坂、海坂とも呼ばれ202の石段でできている。中段までは15度の勾配があり、そこから上は35度の勾配になっている。 |
| 中段付近から見た表坂。 表坂の先に見えるのが二階造りの楼門(随神門)。 寛文3年(1663年)の記録によれば、当時、表坂の石段の数は今より少なく182だったという。芭蕉が訪れた元禄2年(1689年)もこのような数だったのだろうか。芭蕉は「おくのほそ道」で、急坂に積まれたこの石段を「九仞(きゅうじん)に重り」と書いている。 |
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最上段から見た表坂。 最上段まで相当の高さがあり、石鳥居の近くにいる人がかなり小さく見える。 3月10日の「帆手(ほて)まつり」、4月最終日曜日の「花祭」、8月5日の「みなと祭」では、氏子衆が神輿を担いでこの急勾配の石段を下りていく。 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第14集 芭 蕉 と 塩 釜
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