| 「おくのほそ道」への旅立ち |
![]() 採荼庵跡の脇を流れる仙台堀川 |
芭蕉は、「おくのほそ道」の旅を控えた元禄2年(1689年)の2月(旧暦)末、友人や門人、近隣の人々の寄付金で築かれた第二次芭蕉庵を手放し、旅立ちまでの1ヶ月ほどを仙台堀のほとりにあった杉山杉風の別墅採荼庵で過ごした。 |
とか、旅銀調達のためとかいわれるが、いずれにしても命を落とすことさえ覚悟した長旅であったことに違いなく、一説にいわれるように、二度と戻らない決意の現れだった可能性は十分にあるだろう。 |
| 仙台堀川河口・千住 大橋間で見られる橋 |
架橋地 |
当時の架橋状況 (有り=○/なし=×)と竣工年 |
謂れなど | |
清 洲 橋 |
中央区 江東区 |
× | 昭和3年(1928年) | 西ドイツのケルン大橋を手本にしてつくられた。 |
蔵 前 橋 |
台東区 墨田区 |
× | 昭和2年(1927年) | 幕府の御蔵があったことから命名。 |
厩 橋 |
台東区 墨田区 |
× | 明治7年(1874年) | 幕府の厩舎があったことから命名。当時は渡し船。 |
新 大 橋 |
中央区 江東区 |
× | 元禄6年(1693年) | ロープで吊られた現在の橋は昭和53年に完成。 |
両 国 橋 |
中央区 墨田区 |
○ | 万治2年(1659年) | 武蔵国と下総国と結んだのでこの名がついた。 |
| 駒 形 橋 | 台東区 墨田区 |
× | 昭和2年(1927年) | 橋の近くの駒形堂が由来。3連アーチの橋。 |
| 吾 妻 橋 | 台東区 墨田区 |
× | 安永3年(1774年) | 安永3年にはじめて木橋が架けられた。 |
| 言 問 橋 | 台東区 墨田区 |
× | 昭和3年(1928年) | 業平の「名にし負はばいざ言問はん・・・」から命名。 |
| 桜 橋 | 台東区 墨田区 |
× | 昭和60年(1985年) | 墨田川に架けられた中で唯一の歩行者専用橋。 |
| 白 髭 橋 | 台東区 墨田区 |
× | 大正2年(1913年) | 橋近くの白髭神社から命名。 |
| 千住大橋 | 荒川区 足立区 |
○ | 文禄3年(1594年) | 現在の橋は昭和47年に完成。 |
一行が上陸した千住大橋の北のたもと付近は、今、区立公園に整備され、園内に、「おくのほそ道」の旅の行程図や、旅立ちの章段の抜粋を刻む「矢立初の碑」が見られる。石碑は、昭和49年(1974年)に建てられたもので、碑陰に下の説明文が記されている。 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第15集 芭 蕉 と 旅 立 ち
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