| 千住宿・旧日光街道を歩く |
千住宿について |
「千住」の地名については、本陣跡付近の勝専寺の寺伝に、「開基兵部政勝が父なる新井図書政次は鎌倉頼朝公に仕え居たりしが、建仁元年所領を捨てて、当所に蟄居せしものなりと云ひ伝ふ。政次一日荒川の辺に至て戯れに網を打ちしが、網水底深く沈みて容易に上らず、強いてこれを引くに、千手観音の像一網にかかりたまヘリ。政次且つ驚き且つ喜び、奉じ帰りて家に安置し、供養信仰す。後ち政勝に至って、当寺に移安し奉りしものなり。自来この土地を呼んで千手と称へしものなるが、千住と名づけたるはその後ちのことなり」とあり、千手観音に由来することが書かれているが、他にも、この地が平安時代のころ「千寿村」といわれたことや、足利将軍義政の愛妾千寿の出生地であること、千葉氏が住んでいたことなどが由来として伝えられている。 千住河原町 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第15集 芭 蕉 と 旅 立 ち
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