深川界隈資料写真と解説(10)
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霊巖寺。 境内に松平定信の墓があり、昭和3年に国の史跡に指定されている。 松平定信は、八代将軍徳川吉宗の子である国学者・歌人の田安宗武の3男で、陸奥白河藩主となり白河楽翁を号した。 ○境内 ○本殿 ○六地蔵 |
| 松平定信の墓。 定信は老中の職にあった天明7年(1787年)から寛政5年(1793年)までの間に、享保、天保の改革とともに江戸幕府三大改革の一つ「寛政の改革」を断行し、倹約令、棄捐(きえん)令(旗本・御家人などの借金返済)、七分金積立(江戸市民の救済)などの諸政策で幕藩体制の建て直しをはかった。 |
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松平定信の墓。 定信は、老中を退いた後、再び白河藩主として藩政改革などに力を注いでいる。 奥州白河の関の位置について廃絶した後、久しく不明であったが、定信が絵図や地形、老農の話を調査して旗宿と定め、関の森に寛政12年(1800)「古関蹟」碑を建てている。 ○福島県白河市の定信の像 |
| 松平定信の墓。 定信は和歌・絵画に力量を発揮し、朱子学者でもあり、「花月双紙」、「宇下人言(うかのひとごと)」、「集古十種」などの編著がある。 文政12年(1829年)に没した。毎年6月14日に墓前祭が行われる。 |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
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[特 集] 芭蕉と深川界隈
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