| 芭蕉について |
元禄2年(1689年)3月29日(新暦5月18日)、芭蕉と曽良は、「おくのほそ道」の旅における最初の歌枕「室の八島」を訪れた。当所は、木花咲耶姫が貞操の証として、燃え盛る無戸室で子を三柱出産したという神話から、古来、煙を題材にして詠まれた歌枕であり、芭蕉一行は、日光への道からわざわざ逸れてこの地を訪ねたのだった。 |
「おくのほそ道」と室の八島/曽良随行日記 |
| 「おくのほそ道」と室の八島 | |
| 元禄2年(1689年)3月29日(新暦5月18日)・・・室の八島 | |
| 曽良随行日記<原文> | 現代語 |
| 一 廿八日 マヽダニ泊ル。カスカベヨリ九里。前夜ヨリ雨降ル。辰上尅止ニ依テ宿出。間モナク降ル。午ノ下尅止。此日栗橋ノ関所通ル。手形モ断モ不入。 一 廿九日 辰ノ上尅マヽダヲ出。 一 小山ヘ一リ半、小山ノヤシキ、右(左の誤り)ノ方ニ有。 一 小田(小山のこと)ヨリ飯塚ヘ一リ半。木沢ト云所ヨリ左ヘ切ル。 一 此間姿川越ル。飯塚ヨリ壬生ヘ一リ半。飯塚ノ宿ハヅレヨリ左ヘキレ、(小クラ川)川原ヲ通リ、川ヲ越、ソウシヤガシト云船ツキノ上ヘカヽリ、室ノ八嶋ヘ行(乾ノ方五町バカリ)。スグニ壬生ヘ出ル(毛武ト云村アリ)。此間三リトイヘドモ、弐里余。 一 壬生ヨリ楡木ヘ二リ。ミブヨリ半道バカリ行テ、吉次ガ塚、右ノ方廿間バカリ畠中ニ有。 一 にれ木ヨリ鹿沼ヘ一リ半。 一 昼過ヨリ曇。同晩、鹿沼(ヨリ火バサミヘ弐リ八丁)ニ泊ル。(火バサミヨリ板橋ヘ廿八丁、板橋ヨリ今市ヘ弐リ、今市ヨリ鉢石ヘ弐リ。) |
一 廿八日 間々田に泊る。春日部より九里。前夜より雨降る。午前7時半頃雨止んで宿を出る。間もなく降る。午後12時半頃止む。この日栗橋の関所を通る。往来手形も断りも入(い)らず。 一 廿九日 午前7時半ごろ間々田を出る。 一 小山へ一里半、小山判官の城跡、左の方に有る。 一 小山より飯塚へ一里半。木沢(小山市喜沢)という所より左ヘ曲がる。 一 この間姿川(思川支流)越える。飯塚より壬生ヘ一里半。飯塚の宿はずれより左ヘ曲り、小倉川(かつて、思川の栃木市を流れるあたりから上流域までは小倉川と称されていたが、現在は思川に統一されている)河原を通り、川を越え、惣社河岸という船着きの上にかかり、室ノ八嶋へ行く(乾ノ方五町ばかり)。すぐに壬生へ出る。(毛武<葵生。栃木市内>という村あり)。この間三里というが二里余り。 一 壬生より楡木ヘ二里。壬生より半道(半里)ばかり行くと、金売吉次の塚、右の方二十間ばかり畑の中に有り。 一 楡木より鹿沼へ一里半。 一 昼過ぎより曇り。同晩、鹿沼(より文挟<日光市文挟町>へ二里八丁)に泊る。(文挟より板橋へ廿八丁、板橋より今市へ二里、今市より鉢石へ二里。) |
| ◇一里:約4km ◇一丁(町):約109m ◇一間:約1.8m | |
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俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡
総合目次
第17集 芭蕉と室の八島
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