| おくのほそ道文学館収蔵 |
芭蕉は、黒羽において「おくのほそ道」の旅で1個所の逗留期間としては最長の14日間を過ごし、その間、桃雪、翠桃兄弟宅を拠点としていろいろな名所・旧跡を訪ね歩いた。「芭蕉と那須野が原」では、曽良の随行日記から得られる情報をもとに、コースを示しながら芭蕉の足跡をたどってみた。ただし、現在の道路上にコースをとっているので、実際とは異なる部分もあると思われる。 |
| 黒羽に到着。翠桃邸へ。 | |
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日光から、玉生、矢板、大田原を経て黒羽に到着。 曽良の随行日記に「翠桃宅、ヨゼト云所也トテ、弐十丁程アトヘモドル也」とあることから、黒羽に到着したその足で城代家老・浄法寺図書高勝(通称図書、俳号桃雪、秋鴉)を訪ね、その後、20丁(約2180m)ほど引き返し、その弟である余瀬の鹿子畑桃翠邸に向ったと見られる。 黒羽の館代浄坊寺何がしの方に音信る。思ひがけぬあるじの悦び、日夜語つゞけて、其弟桃翠(実際は翠桃)など云が、朝夕勤とぶらひ、自の家にも伴ひて、親属の方にもまねかれ、・・・。 (おくのほそ道) ○新暦:5月21日 ○天候:(玉生を立つ時)快晴。 ○宿泊:翠桃(鹿子畑豊明)邸 |
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| 翠桃邸から桃雪邸へ | |
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桃雪に招かれる。桃雪邸は黒羽・安久津村(黒羽前田)にあった。 桃雪、翠桃はともに、俳号に「桃青」の一字をいただく芭蕉門弟で、当時、桃雪は29歳、翠桃は28歳の若さだった。 ○新暦:5月22日 ○天候:晴れ ○宿泊:桃雪(浄法寺高勝)邸 |
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| 桃雪邸から雲巌寺へ | |
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芭蕉は、曽良や黒羽の若い門人らを伴って、深川で参禅した仏頂禅師ゆかりの雲巌寺を訪ね、禅師が修行をした山居跡を見物する。 ○雲巌寺について ○仏頂禅師について ○新暦:5月23日 ○天候:朝のうち曇り、のち晴れ。 ○宿泊:桃雪邸 |
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| 桃雪邸で休養 | |
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4月6日〜8日。 桃雪邸で休養。 写真は、現在芭蕉公園になっている桃雪邸跡。 ○新暦:5月24日〜5月26日 ○天候:雨。 ○宿泊:桃雪邸 |
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| 桃雪邸から修験光明寺へ | |
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修験光明寺は、文治2年(1186年)に那須与一が阿弥陀仏を勧請して建立したが、後に廃絶し、永正年間(1504〜1521年)津田源弘により修験堂として再興された。明治維新の際に廃絶され、今は、跡形もないほどに荒廃している。 芭蕉は、光明寺に招かれ昼から午後8時頃迄滞在し、桃雪邸に帰った。 芭蕉が訪れた当時の住職は第7代権大僧都津田源光であった。津田源光の妻は、桃雪の妹にあたる。 ○新暦:5月27日 ○天候:雨 ○宿泊:桃雪邸 |
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| 桃雪邸で休養 | |
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4月10日。 雨が止み、久しぶりに日差しが戻る。日記には外出先の記述がないので桃雪邸で休養したと思われる。 写真は、雪邸跡に建つ「山も庭もうごき入るや夏座敷」の芭蕉句碑。碑文は加藤楸邨筆。 ○新暦:5月28日 ○天候:晴れ。 ○宿泊:桃雪邸 |
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| 桃雪邸から翠桃邸へ | |
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小雨降る中、余瀬の翠桃邸に戻る。 ○翠桃邸跡(現在は墓地のみ) ○新暦:5月29日 ○天候:小雨。晩方、雨強く降る。 ○宿泊:翠桃邸 |
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| 翠桃邸から犬追物跡、玉藻稲荷神社へ | |
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桃雪が余瀬の翠桃邸を訪れて、芭蕉を史跡探訪に誘う。 騎射を練習するため犬を追物射したという蜂巣の犬追物跡と、玉藻の前(九尾の狐)を射止めた所と伝えられる那須篠原の玉藻稲荷神社を訪ねた。 ○犬追物跡と玉藻稲荷神社 ○殺生石の謂れと伝説について ○新暦:5月30日 ○天候:日記に「雨止む」の記述。 ○宿泊:翠桃邸 |
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| 翠桃邸から金丸八幡宮へ | |
| 津久井氏(俳号翅輪)に誘われ、金丸八幡宮参詣に赴く。 神社の起源は古く、第16代仁徳天皇の5世紀前半頃にさかのぼる。天照大神、大和武尊、春日大神を祭ったのがはじめと言われ、のち坂上田村麻呂が東征のとき、応神天皇を勧請して金丸八幡宮と号し、戦勝を祈願したといわれる。明治6年(1873年)、那須神社と改称されたが、正式には那須総社金丸八幡宮那須神社という。 那須与一が源平・屋島の戦で、扇の的を射るとき「南無八幡大菩薩、・・・」と心に念じて願いを果たしたと伝えられる神社でもある。 左は、那須与一の絵と那須神社。 ○新暦:5月31日 ○天候:晴れ。 ○宿泊:翠桃邸 |
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| 翠桃邸で歌仙興行 | |
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4月14日。 桃雪が翠桃邸に手料理の重箱を持参し、終日滞在する。 黒羽滞在中、翠桃邸で七吟歌仙が巻かれたが、その興行日は、桃雪が芭蕉と居所を終日同じにしたこの日が強く見込まれる。連衆は、芭蕉、桃雪(「秋鴉」の号で連座)、翠桃、曽良、(津久井)翅輪、桃里、二寸。 左は、翠桃邸跡に建つ歌仙掲示板。 ○歌仙参照 ○新暦:6月1日 ○天候:雨。 ○宿泊:翠桃邸 |
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| 翠桃邸から桃雪邸へ | |
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昼過ぎ、鹿助とともに桃雪邸に出向く。前日、芭蕉は桃雪に翌日訪ねることを約束していた。 曽良は、持病が出て体調がすぐれないため同道していない。 ○新暦:6月2日 ○天候:日記に「雨止む」の記述。 ○宿泊:桃雪邸 |
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| 黒羽を立つ | |
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芭蕉は、桃雪邸から余瀬の翠桃邸ヘ戻り、翠桃邸に泊った曽良ととともに昼ごろ余瀬を立った。 桃雪は、芭蕉に、黒羽領内36ヶ村の大名主・高久角左衛門への紹介状を書き、馬方に野間まで送らせた。 ○新暦:6月3日 ○天候:晴れ、のち雨。 ○宿泊:高久覚左衛門宅 |
○曽良随行日記、「那須野が原」関連
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第19集 芭蕉と那須野が原
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