松尾芭蕉・おくのほそ道文学館
「奥州道中 増補行程記」展示室
二本松・安達が原
盛岡市中央公民館所蔵
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| A 二本松の方は西。安達郡也。東は東安達郡也。是を四本の松と申よし。 安達 武蔵国有同名。是は足立也。 原 ミちのくのあたちが原の黒塚。 野。山。 当所、名所也。何レも引歌有り。長ケレハ略シ侍る。 B 二本松出口。 C 此間余程。 D 八軒茶屋入口。八軒茶屋。能茶屋有。 E 黒塚ミチ。 (二本松の町、奥方ノはづれニ亀ガヒト云町有。ソレヨリ右之方ヘ切レ、右ハ田、左ハ山ギワヲ通リテ壱リ程行テ、<Fにつづく>) F 舟わたし。 (供中ノ渡ト云テ、アブクマヲ越舟渡し有リ。<Gにつづく>) G 大平村。黒塚 横。一間半。塚高、四尺ホト。 [黒塚] (その向ニ黒塚有。小キ塚ニ杉植テ有。<Hにつづく>) H 岩四五。胎内クゝリ。蟻トワタリ。クハン音(観音)。 [胎内くぐり岩] [巨岩と観音堂] (又、近所ニ観音堂有。「曽良随行日記」) I 此岩崛に昔し鬼の住たりしを田村利仁の退治し給ふと所のものゝ申候。七重八重に岩ほ高くかさなり見へて候(後略)。 |
<展示室目次>
「奥州道中 増補行程記」について
盛岡藩八代藩主南部利視(1708〜1752)の命を受けて、同藩士清水秋全が
宝暦元年(1751年)に著作して献上したもの。
「おくのほそ道」の旅(1689年)から60余年後の、江戸日本橋から盛岡までの
街道界隈の風景が、絵と文章で克明に記されている。
本展示室では、381の図版の中から、「おくのほそ道」本文又は「曽良随行日記」で
触れられている地域を抜き出して掲載し、当時の旅を偲ぶよすがとしている。
掲載している画像について
画像の出典は、東洋書院刊「新南部叢書 奥州道中 増補行程記」(P14-図13)です。
盛岡市中央公民館および株式会社東洋書院の許可を得て掲載しています。
< 盛岡市中央公民館 掲載許可番号 No.14 >
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