松尾芭蕉・おくのほそ道文学館
「奥州道中 増補行程記」展示室
那須野が原(3)-殺生石
盛岡市中央公民館所蔵
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| A 大関伊予守殿領分。越堀三里。 B 川下モ一里入て奈須余市の古城の跡侍るよし、処のものゝ申候。 C 従是西吉田久左衛門御代官。 D 鍋懸川領境杭アリ。此川小河といへとも石荒く洪水の難所とす。八丁積リと承候。 E ナベカケ坂。 F ナベカケハシ。鍋懸川。水ノ色、ろくせうのことし。奈須嶽よりの麓、殺生石の岸より小川横たわり流れ侍るが此川に至る。毒水のよし。さも侍るべし。 G 当処名物ヲ不承。従是川中東、黒羽領と杭有リ。 H 中堰。此宿三丁余。 I 越堀出口。茶屋有。上の台村入口。殺生石、湯本道上テ図ス。 J 殺生石ノ道ハ出口上の台茶屋の脇より入口也。少し手前え入口を図ス。紙こしに成候故如此。 K 街道六里。屋村田畑有。馬つぎ一ヶ所。 L 殺生石、やらひ(遣らい)二タ通り有。硫黄多し。[殺生石] M 下野ノ内。大関伊予守殿領分。 N 湯本。屋作宜し。 O 奈須野か原。越堀より六里余。難所多し。片上り。 |
<展示室目次>
「奥州道中 増補行程記」について
盛岡藩八代藩主南部利視(1708〜1752)の命を受けて、同藩士清水秋全が
宝暦元年(1751年)に著作して献上したもの。
「おくのほそ道」の旅(1689年)から60余年後の、江戸日本橋から盛岡までの
街道界隈の風景が、絵と文章で克明に記されている。
本展示室では、381の図版の中から、「おくのほそ道」本文又は「曽良随行日記」で
触れられている地域を抜き出して掲載し、当時の旅を偲ぶよすがとしている。
掲載している画像について
画像の出典は、東洋書院刊「新南部叢書 奥州道中 増補行程記」(P65-図114)です。
盛岡市中央公民館および株式会社東洋書院の許可を得て掲載しています。
< 盛岡市中央公民館 掲載許可番号 No.14 >
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