通説との相違点など

p.3/一七頁
芭蕉は寛文十二年(二十九歳)九月、江戸本船町の名主小沢ト尺が、京都から江戸へ帰るのに同道して共に江戸へ下った。
通説では、東下の時期は、同年の春とされている。戻る


p.3/一八頁

命なりわづかの笠の下涼み
(冠山の)「芭蕉全傳」には、寛文十二年初めて江戸へ下る時の作としてあるが、一説には、延宝四年か六年に、初めて江戸から伊賀へ帰る時の作とも言はれて居て、一定の説がない。
現在、伊賀上野への帰郷は延宝四年、当句はその折に詠まれたものとされている。戻る


p.4/二六頁
水道工事に就職したのは、寛文十二年か延宝元年(寛文十三年)か明かでない、又辞職した年も分って居ない、
水道工事に従事した期間は、延宝五年から同八年までとされている。戻る


p.5/三三頁
年や人にとられていつも若夷 (千宜理記)
上の句は「一葉集」所収のもので、「千宜理記」の句は「年は人にとらせていつも若夷」。戻る


p.6/三五頁

延宝四年(三十三歳)春、俳諧師を業とし、俳名を桃青と改めた。

西山宗因歓迎興行の百韻俳諧を所収する「百韻俳諧」(写本。天理図書館蔵)のはしがきに「延宝三卯五月 東武にて」とあり、また、本俳諧で芭蕉が「桃青」と署名していることから、現在、延宝三年五月当時、芭蕉が既に「桃青」号を使用していたことが明らかになって居る。この「百韻俳諧」が文献的上「桃青号」初出の書。戻る


p.6/三九頁
延宝四年春、芭蕉、素堂は、画、幽山、木也、吟市、少才、似春等連衆八人、宗因を迎へて俳諧を興行した。
西山宗因歓迎興行の百韻俳諧を所収する「百韻俳諧」(写本。天理図書館蔵)のはしがきに「延宝三卯五月 東武にて」とある。この根本資料は、潁原退蔵により、「潮音」大正15年一月号の「宗因一座の芭蕉連句」の中で初めて紹介された。戻る


p.6/三九頁
梅の花俳諧国にさかんなり   信章(素堂)
こちとらづれも此時の春    桃青(芭蕉)

これらの二句は、延宝三年宗因歓迎の俳諧で詠まれたものではない。翌延宝四年、芭蕉と素堂の両吟で天満宮奉納二百韻を興行した折のもので「奉納二百韻」第二巻の巻頭にある。「こちとら」は「こちとう」。戻る



p.6/四五頁
萩原羅月氏の調べによると、常陸の本間家に伝わった医家年鑑の記録に、芭蕉は、延宝四年、父の病を聞いて故郷に帰ったとあるから、或は其頃父が亡くなったのかも知れない、芭蕉の母の歿年はよく分らない云々とて延宝四年帰郷したことを肯定して居る。
芭蕉の父が亡くなったのは、芭蕉が13歳の時の明暦2年(1656年)2月18日、芭蕉の母が亡くなったのは天和3年(1683年)6月20日。戻る



p.11/七三頁
芭蕉庵は、天和の初めから元禄五年までの十二年間の間に、四度破れて四度結んだ。
天和2年に焼失したのが最初の芭蕉庵、その後に新築されたのが二番目、おくのほそ道の旅後の元禄5年に建てられたのが三番目の芭蕉庵とされているので、芭蕉が深川で構えた草庵は都合3つとなる。戻る



p.12/七七頁
延宝八年の「延宝二十歌仙」からと見る人もあり、又同年の「田舎之句合」からと見る人もある、又同年の「次韻」からと見る人もあることは、前述の通りである。
「俳諧次韻」は天和元年(延宝九年)のもの。戻る



p.19/一一六頁
尾州廿二日に御帰の由被仰越候、先御そくさいにて目出度候、道の記御認め御遣し一覧候、いづれも出来申候、信濃路にての二、三句は別てよろしく候、「雪ちるや穂屋の芒の刈残し」、此句類なく候べし、愚老句より貴様の句上になり候、委は面談と、あなかしこ。
昭和二十七年十一月一日発行の阿部喜三男著「註解 芭蕉書簡集」では、本書簡を「まことに明らかな偽者」とし、この他、松月庵霜月廿二日附、坂平九郎宛霜月廿五日附など全六通の書簡に、「雪ちるや」句について共通した内容の記述があり「すべて連帯的に偽物性が考えられる」としている。戻る



p.19/一一六頁
此間は御たづね忝存候、殊外日数もかゝり申候、草津にては幸にも人々に逢申候、又高崎に弟子被居候まゝ彼此延引成申候、深谷村にてはかく計申候。
麦刈て桑の木ばかり残りけり

本書簡は、昭和二十七年十一月一日発行の阿部喜三男著「註解 芭蕉書簡集」の「芭蕉書簡の偽者考」の中で、偽作のものとして取り上げられている。戻る



p.21/一二五頁
五 芭蕉庵再建(二度目)
天和三年に芭蕉が入った芭蕉庵は2つ目だが、再建は一度目。戻る



p.21/一二八頁
芭蕉庵の柱に掛けてあった大瓢に記せる素堂の銘に、「一瓢重黛山、自笑称箕山、莫首陽餓、這中飯顆山」とある、
本文中の五言絶句は「随斎諧話」などに所収のもの。「瓢名」と題した素堂自筆の五言絶句では、次のように「四山」が並ぶ。
瓢名  芭蕉庵家蔵
一瓢重泰山
自笑称箕山
勿慣首陽山
這中飯顆山
貞享三仲秋後二日 素堂山子書 戻る

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