| 松尾芭蕉の旅 おくのほそ道 | ||||
| 俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース |
| おくのほそ道 二十六 | ||||
| 雄島が磯の章段 |
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| 雄島が磯は地つゞきて海に出たる島也。 | 雄島の磯は地つづきのようになっていて海にせり出した島である。 | |||||
| 雲居禅師の別室の跡、坐禅石など有。 | 雲居禅師の別室の跡や、坐禅した石などがある。 | |||||
| 将、松の木陰に世をいとふ人も稀々見え侍りて、落穂・松笠など打けふりたる草の庵、閑に住なし、 | また、松の木陰には、俗世間から身を避ける人の姿が見え隠れしており、落ち葉や松笠などを燃やして煙がたなびく草造りの家からは、ひっそりと住まっているようすがうかがえる。 | |||||
| いかなる人とはしられずながら、先なつかしく立寄ほどに、月海にうつりて、昼のながめ又あらたむ。 | どのような人かは知る由もないが、同じような身の上からつい親しみを覚えて立ち寄ってみると、上ってきていた月が海に映り、昼とはまたちがった趣きの眺めとなっていた。 | |||||
| 江上に帰りて宿を求れば、窓をひらき二階を作て、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで、妙なる心地はせらるれ。 | 松島の海岸まで戻って宿を探すと、そこは海に向かって窓を開いた二階造りであった。自然を十分感じながら旅の夜を過ごしていると、なんとも言い難い、いい心地がしてくるものである。 | |||||
| _松島や鶴に身をかれほとゝぎす 曽良 | これほどまでに壮大で感嘆させる松島なのだから、松島には鶴が一番似つかわしい。そこで鳴いているほととぎすよ、いっそのこと鶴の姿になって飛んでみてはどうだ。 | |||||
| 予は口をとぢて眠らんとしていねられず。 | 曽良はこのように詠んだのだが、私はとうとう句をつくることができず、あきらめて眠ろうとしたが気分の高まりでどうしても寝付くことができなかった。 | |||||
| 旧庵をわかるゝ時、素堂松島の詩あり。原安適松がうらしまの和歌を贈らる。 | そこで、もと住んでいた庵を出る時に素堂が作ってくれた詩のことや、原安適が贈ってくれた松が浦島の和歌のことを思い出し、 | |||||
| 袋を解きて、こよひの友とす。且、杉風・濁子が発句あり。 | 袋のひもを解き、それらを取り出して今夜のなぐさめとした。袋の中には、杉風や濁子が作ってくれた発句もあった。 | |||||
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[語 釈] |
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「雄島」は、天和二年(1682)刊、大淀三千風編「松島眺望集」の「眺望図」の中で地続きに描かれているが、古来、周囲が海水で囲まれた島であり、岬の突端から近距離にあるため、海に迫り出した「地つゞき」の陸地にも見える[資料]。 僧宗久が著した「都のつと」から、南北朝のころは、岬と雄島との間にまだ橋はなく舟で往来していたことが知られるが、それから約三百五十年を経て芭蕉が訪ねるころになると、「十三間の橋」が架けられていたことが「松島眺望集」から知られる。 南にむかへる山陰の磯際に、石をたかくたたみて細き道[資料]あり。海の際を伝ひて行てみれば、すさき(洲崎)に松おひかたぶきて、木末を浪に浸せり。行き交ふ舟はさながらしづえ(下枝)のみどりを越え行く。それよりすこし隔りて小嶋あり。これなんをじま(雄島)なるべし。小舟に綱を付けて、くりかえしつつ通ふ所なり。 (「都のつと」) 雄嶋。 新古(新古今集) 秋の夜の月やをしまのあまのはらあけかたちかき沖の釣船 松嶋の左。地をはなれし処に。十三間の橋あり。藤咲かかる松しまの橋とよめる是也。 (「松島眺望集」) |
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「雲居禅師」は、天正十年(1582)伊予国(現在の愛媛県)に生まれる。俗称小浜氏で、把不住軒を号す。仙台藩祖伊達政宗および子忠宗の二代にわたる招聘に応じ、政宗が没した寛永13年(1636)の八月、五十五歳の時に摂津・勝尾山から徒歩で来松。瑞巌円福禅寺九十九代住持となり中興開山した。万治二年(1659)、七十八歳で没。 往生要歌 松島や雄島の海も極楽の 池水と同じのりのみちのく 雲居和尚 (「松島眺望集」) 「別室の跡」は座禅堂、把不住軒と称されるお堂で、寛永14年(1637年)石巻の笹町元清が、雲居禅師の隠棲所として建てたもの。 「坐禅石」については由来、在処ともに不明。 |
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この「草の庵」は、「松吟庵(しょうぎんなん)」のこと。「随行日記」と「松島眺望集」の中で、次のように記されている。 北ニ庵有。道心者住ス。 (「随行日記」) 把不住軒とて雲居和尚禅堂あり。また松吟庵とて道心者の室あり。 (「松島眺望集」) 「御島松吟菴薬師堂記碑」によれば、松吟庵は万治二年(1659)、瑞巌寺第百三代通玄和尚が二十六歳の時、兄松岩道知によって建てられ、庵名は第百代洞水和尚の詩の結句から二文字をとって名付けられた。 常掛壁間禅定箴 心如月矣月如心 夜深風冷江山静 唯聴古松一様吟 この庵は、大正十二年(1923年。大正八年または十一年の説もある)失火により焼失し、昭和期になって再建されたが、昭和五十八年(1983)に又もや失火で全焼した。[資料]で大正期の「松吟庵」が見られる。 |
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「窓をひらき二階を作て」は、仙台の加右衛門の紹介で一宿することになった久之助の旅宿。瑞巌寺の総門付近にあったと見られている。芭蕉の約百年後に松島を訪ねた橘南谿は、松島の町のようすを次のように記している。 今松島と名附る所は陸地にて町屋軒を並べたり。多くは皆旅館なり。松島の町は耕作の地少ければ農人にもあらず。又此地は瑞巌寺の下にて、殺生禁制の所なれば漁猟の者にもあらず。他の街道にあらざれば商家にもあらず。大かたは只松島の景色遊覧の人を宿して渡世とする事なり。 (「東遊記[資料]」) また、芭蕉の足跡を辿って東北を旅した正岡子規は、「はて知らずの記[資料]」の中で、松島における観月の様子を詳しく書き記している。 |
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本句は、元禄四年(1691)刊の凡兆・曽良編「猿蓑」(芭蕉監修)に所収。 松嶋一見の時、千鳥もかるや鶴の毛衣とよめりければ、 松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす 曽良 (「猿蓑」) 前書の「千鳥もかるや鶴の毛衣とよめり」は、鴨長明の「無名抄」で取り上げられている祐盛法師の歌を言ったもの。 俊恵法師が家をば歌林苑と名付て月ごとに会し侍りしに、祐盛法師其会宿にて、寒夜千鳥と云う題に、千鳥も着けり鶴の毛衣といふ歌を詠みたりければ、人々珍しなどいふほどに、素覚といひし人たびたび是を詠じて、面白く侍り。 (「無名抄」) |
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「わたしは何も言わないで」、すなわち「私は松島の句を詠まずに」の意。 芭蕉がなぜ松島で口を閉じたかについて、伊賀蕉門・服部土芳の「三冊子」に「師のいはく、『絶景にむかふ時は、うばはれて不叶』」を手引きとすれば、松島では、「扶桑第一の好風」をまのあたりにし、感動の余り思うように句が作れなかったということになる。 また、中国の文人的姿勢に「景にあうては唖す(絶景の前では黙して語らず)」というのがあり、芭蕉はこれに感化され、意識的に句を示さなかった、とする見方もある。 師のいはく、「絶景にむかふ時は、うばはれて不叶。ものを見て、取所(とるところ)を心に留て不消。書写して静に句すべし。うばはれぬ心得もある事也。其おもふ処しきりにして、猶かなはざる時ハ書うつす也。あぐむべからず」となり。師、まつ嶋に句なし。大切の事也。 (「三冊子」わすれみづ) ただし、「おくのほそ道」には記されなかったが、芭蕉の句に「島々や千々に砕きて夏の海」という松島を詠んだものがある。本句は、曽良の「俳諧書留」に載らないことから、旅を終えてからの作と見られる。 松島は好風扶桑第一の景とかや。古今の人の風情、この島にのみおもひよせて、心を尽し、たくみをめぐらす。をよそ海のよも三里計にて、さまざまの島々、奇曲天工の妙を刻なせるがごとく、おのおの松生茂りて、うるはしさ花やかさ、いはむかたなし。 島々や千々に砕きて夏の海 (「蕉翁全伝附録」) |
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「素堂松島の詩」は[資料]を参照。 「原安適」は、深川に住んでいた歌人。蓑笠庵梨一の「奥細道菅菰抄」に「医を業として東武深川に住す」とある。原安適の「松がうらしまの和歌」は不明だが、芭蕉が貞享四年(1687)に帰郷の際、次の歌を餞別している。 餞別 たちかへる浪をこゝろにわするなよ 世を海しらぬ国にゆくとも 離別 ゆく道の駒もすゝまじむさしあぶみ さすが年へしそらの名残に (「句餞別」) |
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「杉風」については[資料]を参照。 「濁子」は、大垣藩士で、江戸に勤番して芭蕉門下に入った。中川氏で通称甚五兵衛。芭蕉自筆奥書「甲子吟行絵巻」の作者として知られる。 「杉風・濁子が発句」は不明だが、杉風は、芭蕉の旅立ちを前にして次の句文を書き記している。 翁、陸奥の歌枕見んことを思ひ立侍りて、日頃住ける芭蕉庵を破り捨て、しばらく我荼庵(採荼庵)に移り侍る程、猶其筋餘寒ありて白川の便に告げこす人もありければ、多病心もとなしと弥生末つ方まで引とゞめて 花の影我草の戸や旅はじめ 杉風 (「杉風秘記」) |
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「おくのほそ道」のテキストについて
本テキストは、俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
および、FLASHムービー「 おくのほそ道を行く」の副読本
としてLAP Edc. SOFTが制作したものです。
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