| 松尾芭蕉の旅 おくのほそ道 | ||||
| 俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース |
| おくのほそ道 十 | ||||
| 殺生石の章段 |
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| 是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。 | これより殺生石に行く。館代が馬で送ってくれた。 | |||||
| 此口付のおのこ、短冊得させよと乞。やさしき事を望侍るものかなと、 | この馬を引く男が「短冊に一句書いてくれませんか」とせがんだ。風流なことを望むものだと感心し、応えてあげた。 | |||||
| _野を横に馬牽むけよほとゝぎす | どこやらでほととぎすが鳴いているよ。さあ、聞こえる方に馬を差し向けて、いっしょに聞こうではないか。 | |||||
| 殺生石は温泉の出る山陰にあり。 | 殺生石は温泉の出る山陰にある。 | |||||
| 石の毒気いまだほろびず。蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。 | 石の毒気はいまだになくなっていない。蜂や蝶のたぐいが、地面の砂の色が見えないほど重なって死んでいた。 | |||||
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[語 釈] |
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那須湯本温泉の源泉「鹿の湯」の北側に、山肌がむき出しとなった「賽の河原」の谷あいがあり、この奥に那須火山が噴き出した巨石がいくつか見られる。旧跡「殺生石」は、その内の1つ。全身を金色の毛で覆い、九本の尾をもつという伝説の妖狐「白面金毛九尾の狐[資料]」が化けた姿と伝えられる。 |
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「館代」は、黒羽藩の城代家老浄法寺高勝(通称図書、俳号桃雪、秋鴉)[資料]のこと。 「馬にて送らる」は、桃雪が用意した馬で奥州街道の宿駅・野間まで送られたことを指す。「随行日記」に「十六日 (中略)及昼、図書・弾蔵ヨリ馬人ニテ被送ル。馬ハ野間ト云所ヨリ戻ス」とある。 |
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馬の手綱をとる男。「おのこ」に「召使の男、下男」の意もある。 |
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「やさし」に「情趣に富む」といった意もあることから「風流なこと」。 |
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以下は、土芳編「蕉翁文集」に載る本句の前書。 那須の原はるばると行ほど、其さかひに知る人ありければ、馬にて送られけるに、口付のおのこいかゞおもひけん、一句仕(つかまつり)て得させよなむどいへば、お(を)かしく興ありて、異(こと)に思ひて、矢立さしぬらして、馬上において書遣ス。 (「蕉翁文集」) |
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「山陰(やまかげ)」は、山の麓で陰になるところ。「随行日記」に「一九日 (中略) 温泉(神社)ヘ参詣。(中略) 夫ヨリ殺生石ヲ見ル。宿五左衛門案内。以上湯数六ヶ所」とある。 日記にある「温泉神社」は、「那須温泉神社(なすゆぜんじんじゃ)」で、略記によれば、奈良朝のころ茗荷沢の住人狩野三郎行広が、矢傷を負わせた白鹿をこの地まで追ったときに、温泉の神の力添えで温泉を発見でき、村人がこの神の恩に報い神社を建てたのに始まる。祭神は大己貴命と少彦名命で、相殿に男山八幡(石清水八幡。誉田別命)を祭る。 |
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「おくのほそ道」のテキストについて
本テキストは、俳聖 松尾芭蕉・生涯データベース
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としてLAP Edc. SOFTが制作したものです。
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