| 松尾芭蕉の旅 野ざらし紀行 | ||||
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| 野ざらし紀行 二 | ||||
| 富士川のほとりの捨て子 |
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| 富士川のほとりを行に、三つ計なる捨子の、哀気に泣有。この川の早瀬にかけて、うき世の波をしのぐにたへず、露計の命待間と捨て置けむ。 | 富士川のほとりを旅していると、三歳ばかりの捨て子が、悲しそうに泣いている。親は、この子を川の早瀬に投げ込んで、自分たちだけ浮世の波を乗り越えて生きてはいけない、わずかでもこの子の命がある間はこのままにして、との思いで、人知れず捨て置いて立ち去ったのだろう。 | |||||
| 小萩がもとの秋の風、今宵や散るらん、明日や萎れんと、袂より喰物投げて通るに、 | 小萩に吹きつける冷たい秋の風に、今夜のうちに命を散らしてしまうのか、明日にもしおれてしまうのかと哀れに思いながら、たもとから食べ物を取り出して投げ与え、通り過ぎる時に、一句を吟じて、 | |||||
| _猿を聞人捨子に秋の風いかに | 猿の声に悲愁を聞く詩人たちは、この冷え冷えとした秋風の中に捨てられた子のあわれみならば、どのように詠むことであろうか。 | |||||
| いかにぞや、汝父に悪まれたる歟(か)、母に疎まれたるか。父は汝を悪むにあらじ、母は汝を疎むにあらじ。唯これ天にして、汝が性の拙きを泣け。 | 坊や(江戸時代は男児、女児のいずれにも用いた)、一体どうしたというのだ。父親に憎まれたのか、母親に嫌われたのか。いや、そうではあるまい。父親がお前を憎んだのでも、母親が嫌ったわけでもない。これは、ただただ天が成したことで、お前のもって生まれた悲運の定めと、嘆くほかないのだよ。 | |||||
| [語 釈] | ||||||
山梨県と静岡県を貫流して駿河湾に注ぐ。最上川、球磨川と共に日本三急流の一つ。歌枕。 |
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「野ざらし紀行」の山口素堂序に「富士川の捨子は惻隠(あわれみ)の心を見えける。かかるはやき瀬を枕としてすて置けん、さすがに流よとはおもはざらまし。見にかふる物ぞなかりきみどり子はやらむかたなくかなしけれども(金葉和歌集の「大路に子を捨てて侍りける押し含みに、書き付けて侍りける 身にまさる物なかりけり緑児は、やらんかたなくかなしけれども」を引用。序で「(身に)まさる」を「かふる」と誤る)と、むかしの人のすて心までおもひよせてあはれならずや」とある。 |
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ここでの「猿」は、「断腸」の語源となっている「人間に我が子をさらわれた母猿が深く悲しみ、死後、母親の腹を割いてみると腸が千切れ千切れになっていた」という中国の故事中の猿を言い、この母猿の切ない鳴き声は、古来多くの漢詩文中で取り上げられている。 「猿を聞人(猿を聞く人)」は、「猿の声に悲愁を聞く詩人たち」の意。杜甫の「秋興八首」に「聴 |
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